教科書に書かれない日本人奴隷の歴史

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教科書に書かれない日本人奴隷の歴史

1555年の教会の記録によれば、ポルトガル人は多数の日本人の奴隷の少女を買い取り性的な目的でポルトガルに連れ帰っていた。
日本人の女性奴隷は、日本で交易を行うポルトガル船で働くヨーロッパ人水夫だけでなく、黒人水夫に対しても、妾として売られていた、とポルトガル人イエズス会士ルイス・セルケイラ(Luís Cerqueira)が1598年に書かれた文書で述べている。
日本人の奴隷はポルトガル人によってマカオに連れて行かれ、そこでポルトガル人の奴隷となるだけでなく、一部の者はポルトガル人が所有していたマレー人やアフリカ人の奴隷とさせられた。

出典 http://www.susanoo.net

戦国時代、多くの大名たちが欧米人との間で奴隷貿易を行い、そのお金で火薬や鉄砲を買っていた史実を知ってますか。

これも教科書に記載されていない重要な事実なのです。

これに関して、豊臣秀吉は激怒し、キリスト教の宣教師に対して詰問する。

「予は商用のために当地方に渡来するポルトガル人、シャム人、カンボジア人らが、多数の日本人を購入し、彼らからその祖国、両親、子供、友人を剥奪し、奴隷として彼らの諸国へ連行していることも知っている。それらは許すべからざる行為である。よって、汝、伴天連は、現在までにインド、その他遠隔の地に売られて行ったすべての日本人をふたたび日本に連れ戻すよう取り計らわれよ。もしそれが遠隔の地のゆえに不可能であるならば、少なくとも現在ポルトガル人らが購入している人々を放免せよ。予はそれに費やした銀子を支払うであろう。」

秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。

『キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし』。

ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであつた。

出典 http://www.susanoo.net

キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが、天正少年使節団として、ローマ法王のもとにいったその報告書を見ると。

『行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている』と。

日本のカトリック教徒たちは、キリシタン殉教者の悲劇を語り継ぐ。
しかし、かの少年使節団の書いた(50万人の悲劇)を、火薬一樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないのか。

キリシタン大名たちに神杜・仏閣を焼かれた悲劇の歴史がそこにはある。

出典 http://www.susanoo.net

1582年 ローマに派遣された天正遣欧少年使節団も、世界各地で日本人奴隷の事実を目撃した記録。

「我々の旅行の先々で、売られて奴隷の境遇に落ちた日本人を身近で見たときには、こんな安い値で小家畜か駄獣の様に日本人を手放す我が民族への激しい怒りに燃え立たざるを得なかった。」

「全くだ。実際、我が民族中のあれほど多数の男女やら童男・童女が、世界中のあれほど様々な地域へ、あんなに安い値で掠って行かれ売りさばかれ、みじめな賤業に就くのを見て、憐 憫の情を催さない者があろか。」

出典 http://www.susanoo.net

大友宗麟は、火薬製造に欠くことのできない硝石を手に入れ、輸入するためであれば、彼にとって豊の国の寺院を破壊したり、若き娘たちを売り払うことは何でもないことであった。

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